篆刻雑記(十)

封泥について


では印は木簡の時代はどのように使用されていたのでしょうか。これは古代中国に限らず、世界中の印章にその例を見つける事ができるのですが、泥土に型押しのように押印していたのです。これは単に印影の違いというだけに留まらず、印の形状、制作方法にもかかわる大いなる変革です。

現在のように紙に印肉のようなもので押捺する場合、当然この印影は平面(二次元)的です。しかし泥土に押印するという事はその印影は立体(三次元)的になるわけです。今でいう白文(陰刻)印は紙に押捺すると文字は白抜きになるわけですが、泥土に押すと文字の部分と印周囲部はレリーフ状に浮き上がって見え(文字部以外が凹む)、視覚的には朱文(陽刻)印のような感覚です。このような官印などを泥土に型押ししたものがたくさん出土し、これらを封泥と呼んでいます。中国収蔵家の中には本来の使用方法による印影こそ正しい鑑賞方法と収蔵や鑑賞の印を泥に型押しして封泥コレクションをしている人もいるくらいです。封泥や古印は相当数出土しており、書道美術館などでも当時の遺物を見ることができます。


この使用方法の違いは印のどの部分が重要かということにも係わり印の製法の変化とも密接にかかわってきます。


紙に押捺するときの印影に与える影響の最も強い部分は印面表面なのですが、泥土に押印する時に最も重要な部分は印面ではなく凹んでいる溝状の部分、特に底の部分なのです。つまりこの溝の底が深さ一定できちんとしたU字状になっていなければ泥土に押す封泥としては使えないという事です。もちろんここがしっかりしている古印は当然紙への押捺にも耐えうるわけですが、逆にいい加減なものは泥土への押印には役立たないという事で、これは古印の時代判別にも一役かうことになっています。紙に押印するようになってからも鋳造印は官印でもつくられていますが、朱文印が多く泥土に押すと文字が凹むため風采の上がらない印影となります。


現代の篆刻はというと紙に押印する事がほとんどで印材を印刀を使って刻るわけですから当然封泥としては使えませんし、その必要もありません。しかしたまに陶芸家などからの依頼で焼き物に押す印を頼まれるときがあるのですが、この時は泥土に押す用途ですから、刻線の底まで気を配って刻らねばならないわけです。

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