篆刻雑記(七)

璽・印について

古代中国ではまだ印という呼び方はなく「《金篇にホ》でじ)」と言っていました。

印という語は秦の始皇帝の時代に名づけられたものです。

秦の時代には様々な規則、法制とともに官印の様式、制式なども定められました。

この時に皇帝の印を『璽』と称し、その臣下のものを『印』と呼ぶようになったのです。

印を製作するときの材も定められていました。

皇帝の璽は玉で作られました。

臣下の印はその身分、役職により金・銀・銅などの金属を鋳造して作られました。

璽・印はそれぞれ皇帝の証、権力者の象徴としてその権益を示す重要なものだったのです。

秦漢時代の官印は役職に任命されるとき辞令のように渡され、任を解かれるときは返したようです。

その役職にあたるときは印綬という紐で腰にぶら下げ自分の信を表す証としていたようです。

この時代の官印のほとんどは銅を主成分とする金属製ですから、印を刻るという言い方はあてはまりません。

溶かした金属を型に流し込む鋳造という技術で作られたと考えられています。

この型をとる時に印の原型を蜜蝋のようなもので作ったと考えれています。

この時に印面の文字は入れられたと思われ、この原型には刻るという言葉が使えるかもしれません。この蜜蝋で作った原型は型をとり終えたら熱し溶かされて型の外に出されます。

その型の中に溶かした金属が流し込まれるわけです。

この技術は青銅器の技術にも共通し、殷周あたりの精密、精緻な鋳造技術は現代でも再現は難しいそうです。

 また官印以外にも印は数多く存在しており多種多様な様式を示しています

これらは官印に対して『私印』と呼んでいます。

 

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