篆刻雑記(八)

印の使用方法の変化

紙は後漢時代の蔡倫によって発明されたとされていますが、実際には前漢墓より出土しているので蔡倫は紙の製法をまとめて皇帝に上申したか、安価に大量の紙を作る技術を開発したと考えた方がよいのでしょう。漢代においてはまだ紙の発明、普及がなされておらず、印が紙に押捺され使われるようになったのは三国時代以降と思われます。それ以前は印の使用方法も現代とは大きく異なるのです。


木簡について

紙の普及により文書保管は飛躍的に向上しました。それまでは木簡・竹簡という木や竹の札(よく取り上げられるのは細長い札を簾のように編んだもので、筆巻きのように巻いて保管していました。今でも本などを一巻、二巻と数えるのはその名残りです。手紙の類などは板状のものに書いてあるものが多かったようです)に文書や手紙などを書いていました。これは紙に比べると著しくかさ張り保管場所もとるし、造る手間も書きにくさも紙の比ではありません。大量に紙が作られる製法が確立し、その利便さが解かってきたらおそらく紙は凄い勢いで木簡・竹簡に取って代わったと思われます。

わが国でも木簡は出土しており、今のところ最古の年代の記してあるものは大阪市の難波宮跡から出土した遺物で「戊申」(六四八年)のもので、これは大化の改新の三年後にあたり、興味深い内容がたくさん見て取れます。わが国でも木簡は当時の生活習慣、歴史的事実を伝え知る貴重な資料です。

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